このシステムが、

地下鉄の常識を変える

東京メトロでは現在、日本の地下鉄では初となる「無線式列車制御システム(CBTC システム)」の導入が進められている。これは、無線技術を活用して列車の位置や速度を常時把握し、列車間の安全な距離を確保する仕組みであり、運行の安全性・安定性の向上に大きく貢献する新技術だ。いま会社を挙げて推進している、このプロジェクトの最前線に関わる若手技術者二人の奮闘ぶりを追う。

車両部車両企画課

佐々木 衣里日

2016年入社

入社後は車両部に配属。中野工場・中野車両管理所で検修業務などに携わった後、2020 年に設計課に異動。1 年間、CBTC システム導入に関わる。現在は車両企画課に所属。

電気部信号通信課

小曽根 裕一

2018年入社

入社後は電気部に配属。2 年間、現場で電気設備の保守点検業務を手がけた後、2022 年に信号通信課へ。現在、CBTC システム導入に向けての丸ノ内線での走行試験を担当。

入社 5 年目、CBTC システムの安全性評価を託される

走行中の列車同士の追突や衝突を防ぐ「列車制御」は、鉄道の生命線ともいえるシステムだ。この列車制御における東京メトロの現在のスタンダードは、線路を一定の区間に区切り、軌道回路や地上信号機等を用いて同区間に一本の列車しか進入できないようにする「閉そく方式」。東京メトロは、この列車制御を無線通信技術によって高度化する研究開発にかねてより取り組んできた。それが「無線式列車制御システム(CBTCシステム)」である。

CBTCシステムでは、無線通信によって列車の位置を常時把握することで、先行列車と後続列車の間隔を適切に制御できるため、従来の閉そく方式に比べて列車遅延時の回復効果が高くなる。さらに、軌道回路や地上信号機などの装置の大半が不要になり、障害のリスクが減ってメンテナンスコストも抑えられる。

東京メトロは2016年、このCBTCシステムを丸ノ内線に導入することを発表。日本の地下鉄では初となる取り組みであり、以降、実用化に向けたプロジェクトが進められている。その中で、CBTCシステムの安全性評価に関わったのが、車両部の佐々木だ。彼女がこのプロジェクトに参加したのは、入社5年目の時。車両の検修を行う現場の部署から、設計課に異動してすぐに関わることになったのが、このプロジェクトだった。従来の列車制御システムとはコンセプトが異なるこのシステムを理解するのに苦労しながら、業務を進めていったと佐々木は言う。

「CBTCシステムは、走行中の列車の位置を正確に把握することがきわめて重要です。従来方式では、車輪の回転スピードから速度を算出し、そこから列車の走行位置を割り出していましたが、雨の日などに発生する可能性がある車輪滑走では、正確な位置情報の検出が困難な状況でした。この問題を解決するため、CBTCシステムでは新たな速度センサが車両に搭載されることになり、その評価作業に懸命に取り組みました。」

丸ノ内線全区間での走行試験に奮闘。ゴールは間近

CBTCシステムで新たに車両に搭載することになったのは、レーダー速度センサ。レーダーを軌道面に当て、その反射波の周波数の違いから速度を検知する仕組みであり、これが果たして正確に機能するのか、試験を重ねて佐々木は検証していった。

「丸ノ内線で、営業運転が終了してから夜間試験を行いました。車両には私も同乗し、その場のデータを収集分析。異常があればその原因を解明し、試験を重ねながら新たな速度センサの安全性を評価していきました。」

ときには、車両基地で特殊な状況を再現して試験を行うこともあったと佐々木は言う。

「大雨で線路が冠水したり、あるいは大雪で地上区間の線路に積雪があっても速度センサが正確に作動するかどうか、車両基地内に同じ状況を再現して走行試験を行いました。わざわざ遠方から雪を調達して基地内に搬入し、現場の方々の協力を得て試験を実施。大変でしたが、多くの関係者と力を合わせてプロジェクトを進めていくのが東京メトロの醍醐味であり、私が安全性評価をした結果がそのまま鉄道の安全につながっていくという責任も実感しました。プロジェクトに関わったのは1年ほどでしたが、とても貴重な経験を得ることができました。」

丸ノ内線へのCBTCシステム導入は、2024年度中の営業運転開始を予定しており、すでに総合的な走行試験が始まっている。この現場での走行試験を担当しているのが、電気部の小曽根だ。彼も佐々木同様、入社 5 年目からこのプロジェクトに参加している。若手に責任ある仕事を委ねるのも、東京メトロらしい企業風土だ。

「現在、丸ノ内線全区間での夜間試運転を定期的に実施しており、私は試験内容の検討及びそこに立ち会って試験を監督する役割を担っています。試運転においては、設備故障した場合の走行など、通常よりも厳しい条件下においてもお客様を安全に送り届けるため、様々な状況を模擬した試験を実施しています。そのため、試運転においては、想定と異なる動きが発生することもあり、関係者と協議しながら日々解決にあたっています。」

この経験をもとに、新技術を自らの手で導入したい

難しい問題に直面すればするほど、気持ちが燃えるという小曽根。試運転中に発生した課題については、データをやりとりする車両側と地上側、それぞれに記録された膨大なログを解析して原因を追究。システムのメーカーを交えて議論して解決策を導き出せた時は、とても達成感があると言う。

「一方で、たとえ想定通りに試験が進まなくても、翌朝の鉄道運行には絶対に影響を与えてはいけません。試験が順調に進まない時は、最悪、責任者である上司に相談して中止する判断も下さなければならない。緊張感のある中で作業を行っていますが、この新しいシステムが将来、何百万、何千万というお客様の安全な移動を支えるのだと思うと、おのずとモチベーションが湧いてきます。」

いま小曽根が走行試験を進めているCBTCシステムは、丸ノ内線に導入後、日比谷線・半蔵門線への導入も予定されている。東京メトロの列車制御の新たなスタンダードとなるシステム、そして先例を示すことで鉄道業界全体にも影響を与えるシステムを担っていることに、小曽根は大きな誇りを感じている。

過去に安全性評価を担った佐々木はいま、このプロジェクトで得た経験を糧に、東京メトロの車両の更新や大規模な改修を企画するポジションに就いている。

「車両部全体の戦略を考えるような立場でキャリアを積んでおり、今後は会社全体を見渡せる経営に近い仕事も経験してみたいと思っています。その上でまた車両部に戻り、このCBTCシステムのような新しい技術の導入も自ら企画してみたい。東京メトロは新しいことに挑戦する気概にあふれた企業なので、チャンスはいくらでもあると感じています。」小曽根も同じ考えだ。将来は経営企画部門での業務にも携わり、東京メトロの技術系総合職ならではのキャリアを積んで自分を高めていきたいと語る。

「私もゆくゆくは、マネジメント側に立って、鉄道技術をより進化させていくようなプロジェクトを自ら起ち上げて推進していきたいですね。たとえば、IoTやAIなどのデジタルテクノロジーなども活用して、鉄道設備の点検業務などを劇的に効率化するなど、チャレンジしたいテーマはたくさんある。新技術を導入するだけでなく、存分に活用して、やりたいことを実現できればと思っています。」

※記載内容は取材当時のものです

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