Project 01


銀座線リニューアルプロジェクト

1927年に日本初の地下鉄として開業以来、東京の中心部をつないできた銀座線。銀座線リニューアルは「伝統 × 先端の融合」をコンセプトに、開業当初からの歴史的な価値を残しながら、お客様に高い満足を提供できる先進的な機能を備えた路線とするためのプロジェクトでした。その中でも特に重要施策である「駅のリニューアル」「新型車両の導入」「渋谷駅の移設工事」に携わった3名の社員に、それぞれの取り組みを振り返ってもらいました。

駅のリニューアル 工務部 第二建築工事所 課長

倉本 広太郎 KOTARO KURAMOTO

2006年入社
駅は「まちの地下1階」をテーマに
駅と地上のまちとをつなぐ空間づくり

私が最初にこのプロジェクトに関わることになったのは、2009年のことでした。銀座線はどうあるべきか、どうすれば愛される路線になるのかを話し合うワーキングに参加し、社内各部門から集められた若手のメンバーたちと検討を重ねました。さまざまな調査の結果、銀座線の満足度はそれほど高くはなく、その改善を図るためにゼロベースでの自由で活発な議論が交わされたことを覚えています。
2012年から銀座線の駅リニューアルに向けて、第一回の駅デザインコンペが開催され、私は事務局を務めました。このイベントを通して、より多くの方々に駅がどうあったらいいのかを主体的に考えていただき、それをきっかけに駅づくりへの参加意識、駅やその周辺エリアに対する愛着を育むことを目的としました。また、多くの社員にも審査に参加してもらうことで、駅に関わる人たちだけではなく会社全体のプロジェクトとして盛り上げていくような仕掛けとしました。
今回の駅リニューアルでは、銀座線の各駅を下町エリア(浅草〜神田)、商業エリア(三越前〜京橋)、銀座エリア(銀座)、ビジネスエリア(新橋〜赤坂見附)、トレンドエリア(青山一丁目〜渋谷)という5つのエリアコンセプトに分けて、それぞれ駅と地上のまちがつながるような空間づくりを目指してきました。第1回のコンペでは下町エリアのデザインを募りましたが、その後もエリアごとにコンペを実施し、多くのアイデアをいただきました。それらのご提案をつうじて、お客様の銀座線への熱い想いや期待の高さをあらためて感じることができました。

閉鎖的な地下空間のイメージを変えて
駅で過ごす時間を楽しんでほしい

その後、一時建築部門から離れていたために、コンペでご提案いただいたアイデアをかたちにしていく設計業務に携わることはできませんでしたが、下町エリアの工事が発注され、改良工事が進み、部分的には駅の新しい顔が見えはじめているタイミングで、再びこのプロジェクトに携わることになりました。設計担当として下町エリアや虎ノ門駅の工事発注、着工後の設計変更などに対応しながら、まちの要素を駅のデザインに採り入れるという設計思想がリニューアル工事の隅々に活かされていることに気づかされ、手応えを感じることができました。
この駅リニューアルの一環として、他社が保有する駅につながる地下通路の改装を提案したことがありました。当然のことながら簡単に了承いただけるはずもありません。しかし、足繁く通い詰め「まちの活性化のためにやらせてください」と交渉を重ね、工事が行えるようになりました。駅が変わっていくことに対するまちの人々の想い、駅をもっと楽しく演出したいというプロジェクトを進める人たちの想いに日々触れてきたからこそ、粘り強く交渉を重ねることができたのだと思います。
実は、学生時代に卒業設計でデザインしたのが東京メトロの表参道駅でした。駅の中にいくつもの透明な箱や地上に抜ける長い筒のようなものを設置して、それらが地上の街並みや風に揺れる街路樹、その日の天候などの情報を地下空間に伝える街のショーケースのように機能するというものでした。いま考えると非現実的なところも多いのですが、周辺環境と一体となった地下空間を創造するという今回の取り組みの中で、当時の私自身の想いも叶えることができたのではないかと考えています。

新型車両の導入 車両部 設計課 課長

荻野 智久 TOMOHISA OGINO

1997年入社
先人たちの想い、その高度な技術を
受け継いで、人々に愛される車両を実現する

日本初の地下鉄が「浅草〜上野間」を走りはじめたのは、1927年(昭和2年)のことでした。開業当時から走ってきた初代1000形車両は、木製の車体が主流だった当時としては画期的な鋼製の車体とし、火災対策として不燃材料を積極的に採り入れていました。さらに保安装置として日本初の打子式ATS(自動列車停止装置)を採用して当時から2分半間隔の運行を実現するなど、非常にチャレンジングな車両でした。私たちは1983年から銀座線で運用されてきた01系車両の置き換えとして、1000系車両の開発に着手。東京メトロのフラッグシップとも言える思い入れの深い路線を走る車両の付加価値をいかに高めていくべきかを議論し数々の検討を重ねて、新造車両の設計に取り組むことになりました。
「伝統 × 先端の融合」を路線コンセプトとする銀座線リニューアルの流れに沿って、その「伝統」を身に纏うべく、初代1000形車両を彷彿とさせるレモンイエローのラッピングに包んだ外観デザインとしました。初代1000形では、薄暗い地下空間においても、明るく開放的な雰囲気を醸し出せるように、鮮やかなレモンイエロー色に塗装されたと聞いています。
一方、レトロで愛嬌のあるエクステリア(外装)とは対照的に、冷房能力を高め、連結面や座席横の仕切りの一部に透明の強化ガラスを採用するなど、新しい設備や素材を活用して、車内の快適性の向上を図っています。さらにPMSM(永久磁石同期電動機)や操舵台車の採用など、数多くの最先端技術について研究開発を続けてきた成果を今回の1000系車両に導入することになりました。

多くの課題を乗り越えながら
大容量、高頻度輸送をさらに進化させていく

東京メトロでは、大容量・高頻度な輸送サービスを安全かつ安定的に提供するために、最先端の研究成果や最新技術を採り入れながら路線の運用環境に適する技術開発を進めてきました。地下という制約の多い空間のため、急曲線が多く駅間距離も短い路線で車両を走らせるために、走行安全性や省エネ性能の向上をはじめさまざまな対策を講じてきたのです。それらの成果は、路線ごとに味付けを変えながら全路線に展開し、安全で快適な輸送サービスの実現に貢献しています。今回の1000系車両の開発にあたっても、これらの技術的なノウハウを各所に採り入れると同時に、全9路線の中でも最小曲線半径が最も小さく、平均駅間距離の短い銀座線を走らせる車両に求められる技術として、操舵台車およびPMSMの開発に踏み切りました。
操舵台車は、自動車がカーブに沿ってハンドルを切るように、曲線通過時に車軸が自動的に舵を切る仕組みになっています。その結果、通常の台車よりもスムーズに走行し、騒音と振動を抑えることが可能になります。理論上、その効果がわかってはいても、それが確実に動作し続けることが担保されなければ、この新技術を採用することはできません。私たちは、常に適切な操舵を行うため、車体と台車の曲線中の変位連動する仕組を開発しました。基礎試験の開始から7年の歳月を費やしましたが自信を持って導入することができたのです。
また、駅間距離が短く走って止まるを繰り返す銀座線では、消費電力を削減するために高効率な電動機の特性が求められていました。私たちが開発したPMSMは、従来方式と比較しても極めて高い省エネ性能を発揮すると同時に、省メンテナンス化も実現しています。これらの技術が評価され、1000系車両が地下鉄車両としては初となる「ブルーリボン賞」を受賞できたのは技術者冥利に尽きることだと思っています。

渋谷駅の移設工事 不動産事業第一部 課長

白子 慎介 SHINSUKE SHIRAKO

1995年入社
渋谷エリアで進行する複数の事業を視野に
その最適解となるロードマップを描く

渋谷駅周辺では、駅街区の区画整理事業や鉄道の改良事業などと連携した大規模な再開発計画が進行しています。この渋谷駅街区基盤整備に合わせて、銀座線渋谷駅を移設するというのが今回のプロジェクトの目的でした。東急百貨店の3階にあった渋谷駅を表参道駅方向に約130m移動させて、明治通りの上部に新しい駅舎とホームを新設するものです。私が、渋谷基盤整備担当としてプロジェクトに携わることになった2014年には、工事はまさに最盛期を迎えていて、加えて、移設工事を2020年までに完了させることが至上命題となっていたのです。
私が担当となって最初に行ったことは、この至上命題を達成するためのロードマップを描くことでした。とはいえ、渋谷においては複数の事業者が同時にそれぞれのプロジェクトを進めており、かつ各事業が複雑に絡み合っていたことから、工事を自分たちの都合だけで計画することはできず、すべてにおいて周辺各事業との調整が必要となりました。渋谷駅街区で進行する複数のプロジェクトを視野に入れながら、渋谷における最適解を導き出すことが求められたのです。
対外協議では、渋谷駅街区全体の事業工程を互いに理解しあいながら、より最適な道筋を選択することに注力するのですが、そこには事業費が大きく絡むために、譲れない一線を保持しながらのタフなネゴシエーションとなりました。それでも腹を割った議論を重ねることで、少しずつ答えを見つけ出しながら、ロードマップを策定していきました。

かつてない6日間の連続運休、その必要性を説き
プロジェクトを最終章へと導く

2017年からは第二工事事務所の所長として、渋谷の現場を統括し、工事の指揮にあたることになりました。自分自身で描いたロードマップを実行することが、私のミッションとなったのです。3年先のゴールを見定め、高めの目標を設定して部下たちや取引先の士気を高めることに努めました。但し、ゴールが遠くにあると目標がぼやけてしまうために、年度末や月末にクリアすべき課題や目標をはっきりと提示し、確実に実行していきました。また、日々浮上する課題の解決にあたっては、慣習に捉われずに思い切ったアイデアも含めて徹底的に議論し、しっかりとした意思をもって実行することを心がけました。
電車線や駅施設の工事は、列車の運行中には行うことができません。最終列車が車両基地に戻り始発列車が走り始めるまでのわずかな時間に工事を繰り返し、それを積み上げて完成させるのが基本になります。渋谷駅の移設工事もこの基本を毎晩続けてきたのです。しかしながら、プロジェクトの最終段階となる線路切替工事とホーム移設工事はこれまでのような短時間の工事の積み上げでは完了させることができません。浅草方面行きの線路を北側に、渋谷方面の線路を南側に移設し、それによって空いたスペースに新しいホームを築造するまでの一連の工事を集中して実施しなければならず、これらの工程を精査し所要日数を検討するとどうしても連続6日間の運休が必要になることがわかりました。これを上司に報告すると、唖然とした表情。それほどにあり得ないことなのです。それでも粘り強く説得を続けゴーサインが得られたのは2018年12月12日のことでした。
線路切替およびホーム移設工事は、2019年12月27日夜から実施し、2020年1月3日早朝に完了。1月3日の始発から新しいホームが供用開始となりました。この間、私は現場近くの工事実施本部の事務所に泊まり込み、モニターを通して工事の進捗を見守りました。そして、始発列車が走り出す前に設定された式典の準備のために新しいホームに立った瞬間の感動は、いまでも忘れることはできません。その後、渋谷駅発の始発列車を見送り浅草駅発の始発列車を迎えてから事務所に戻り、総合指令所に「工事実施本部を解散します」と宣言したとき、部下たちの歓喜の渦の中で、彼らがここで得た成功体験を糧にさらに大きく成長していってほしいと願わずにはいられませんでした。